福井ゼネラルユニオンの中国人研修生・実習生が勝利

福井県の武生コンフィクション協同組合の繊維工場20社に、中国各省の行政・共産党・派遣会社などを通じて、約100名が働きに来ている。こうした中で、昨年10月14日をXデーとし、彼女たちは一斉に決起した。山間の各工場から5時間も歩いて、協同組合前に座り込んで直訴をした。だが、その彼女たちに、各社の社長が襲い掛かった。
この悲痛な叫びが届けられた、労組や市民団体も立ち上がり、労働局への告発・国会での追及などが続き、北陸のマスコミも、毎日のように、「明日ゼネラルユニオンが団交で来県」などと、紙面でこの事件を報道した。パスポート・預金通帳は返還され、月収も月5-8万円まで遡って支給された。しかし、暴行への謝罪と補償・研修残業手当支払い・中国側が取った管理費の返還」などが解決せず、長期争議となっていった。

 

中国で署名させられた契約は、強制労働そのものであり、トラブルを起こせば、日本からの追放と、親戚中から借金して中国当局に預けた、保証金の没収が待っていた。仲間と連絡をとることや、指定店以外の買い物も禁止されていた。しかし月1万円の手取りでは、何か買うどころではなく、日々の食糧にも事欠いた。
長い忍耐のあと、ついに、命がけの同時決起が、周到かつ秘密裏に申しあわされた。バス代さえなかった彼女たちは、幾つもの峠を越え、何時間も歩き続けた。それは野麦峠そのものであった。本社前に座り込んだ彼女たちに待っていたのは、各社社長の罵声と暴力であった。髪の毛が抜け、その痛みは走る中、本格的な闘いを決意せざるをえなかった。
彼女たちの告発状が、各行政機関に届けられた。だが、武生警察署は被害届を黙殺、福井県庁・武生市役所や東京の中国大使館も動かなかった。一方、関西のRINK(全ての外側人労働務とその家族の人椛を守る関西ネットワーク)・多文化共化センター・ゼネラルユニオンなどは、外国人労働者との連帯をめざしている団体は対策会議を結成、支援行動を開始した。

マスコミの報道や、国会での大脇雅子議員の質問などの結果、福井労基局は「本人に無断の天引きは違法」とし、雇用契約と賃金明細表の作成を指示、パスポートと共に預金通帳が本人に返却された。協同組合は「失うといけないから、各社で給与を預かっていた」と弁明したが、事件発覚後、過去の給与を慌てて、通帳に一括入金するなど、泥棒行為を証明していた。

「実習生は労働法適用で、労基法・最低賃金法違反を勧告するが、研修生は無理」と労基署は言い、毎月一人あたり23000円が違法に控除され、中国側ブローカーに、キックバック送金されていた。中国側管理?費は、中国当局に遠慮してか、本人への返還を最後まで勧告しなかった。

本来あってはならない研修生の残業には、1時間3-400円支払われていて、これが生活の支え。もちろん「家族への仕送り」など不可能だった。彼女らの闘いと支援行動、そして社会問題化の末、たどり満いた月収は来日前の約束の、研修生【1年目】5万円・実習生[2-3年目]7万数千円程度であった。
ところが福井の法定最低賃金は、月額約10万円なので、中国側が取る管理費は「賃金として、一旦支払ったことにして、中国側役人が、給与日に福井に来て、経営者から集金していた。彼らは「日本でトラブルを起こすと大変なことになる。宗教団体や日本の労組に入るな」と、再三、来日しては、労働者を脅かしてまわった。

不満を訴えていた中国人女性が明け方、大槻・菊池社長の手で、神戸港や関西空港へ連行される「強制帰国事件」も続発した。また、行動に参加しながら、VIZAの滞在期限がきて、帰国せざるをえない人も少なくなかった。
これは国境を越えた争議となったが、「労組は?裁判は?団交は?」などと、言語や法制度相違もあいまって、日中の共同行動は真剣そのものであった。「帰国後の安全確保」-これも悩ましい問題だった。そこで、大阪全労協とゼネラルユニオンから、北京の中華全国総公会に要請状を出すことになった。折しも、日中労交の訪中団があり、省総工会を含めて、真剣な討論を持つことができた。

一方、人民日報や日本国内の中国語紙誌も大きく報道、スカパーTVや北京電視台では「野麦峠の中国人女工」というドキュメンタリーまで放映された。そして丹羽雅雄弁士と吉岡徳治・平坂春男氏らが、東京の中岡大使館に赴き、改めて理解を求めた。
そして多くの実習生たちが、ゼネラルユニオンに協同組合との交渉を委任することになった。福井でも「支援する会」が結成され、当該も集会で決意を述べた。また2月に大阪でもたれた、おおさかユニオンネットワークの春闘集会に、急遥、彼女たちが福井から駆けつけ、感動的な出逢いがうまれた。3月の「春闘大阪総行動」では、特別に福井遠征コースが設定され、ゼネラルユニオンをはじめ、全港湾・全日建・各ユニオン・全労協などが、バスで現地行動を闘いぬいた。

その直後、帰国間際の「遼寧省グループ」が闘いに合流。丹羽弁護士ら、大阪労働者弁護団の献身的な努力の結果、中国側管理費を含む未払貸金の遡及として、福井地裁への提訴をやりきり、帰国した。
一方、当初の決起以降、一貫して闘争の中心であった「江蘇省グループ」ら、そして多くの実習生たちが、ゼネラルユニオンに、協同組合との交渉を委任することになった。福井でも「支援する会」が結成され、当該も集会で決意を述べた。

一方、当初の決起以降、一貫して闘争の中心であった江蘇省グループは、解雇攻撃まで受けながら、福井に残り、完全勝利をめざした。名古屋入管も、解決のための団交の重要性を認め、ビザ延長を繰り返し認めた。福井の支援する仲間は、最後まで生活を共にし、彼女たちを守り支えた。

その後、協同組合の各社長も分裂状況となり、脱退も出始めた。8月の青木理事長入院時には、タカ派理事によるクーデターまで発生し、解決交渉を困難にした。しかし、帰国期日も迫っていた、9月17日、彼女達中心にしつつ、青木理事長とゼネラルユニオンの団体交渉がもたれた。ここでも、青木の不誠実な態度に怒りが爆発した。ところが、帰りかけた我々に、青木が、「解決はどうなるのですか?」と追いすがってきた。そして翌日、青木は「労組側解決案を全面受諾する」と連絡してきた。そして、30日、大阪の丹羽弁護士事務所に、社長たちが集められ、解決調印後、彼女たちに、一人100万円ずつを支払った。青木理事長は改めて暴行と賃金未払を謝罪、何度も頭を下げた。合意内容で、暴行事件は、「労働法令違反の是正を求めてとった行動に対し、各社の社長の対応に問題があり、青木理事長らが、実習生・研修生の心身に苦痛を与えたことを深く反省し、謝罪の意を表明する」と明記された。

また、中国側管理費は「違法に天引きされた未払賃金」として扱われた。そして研修生の残業手当は、最低賃金法を根拠に追加支払となった。公式ケースとしては前例のないもので、全国に波及する成果となった。
もちろん開始まもなくではあるが、遼寧省裁判はこの解決協定と正なる請求であるため、勝訴も確定的となった。調印後、青木は、ゼネラルユニオンの山原委員長に、こんな不安を語った。「既に帰国したり、今も日本で働いている研修生や実習生が、今回のこの協定を知って、全国一斉に要求や裁判をして来ないだろうか?」と。