大阪外語専門学校の常勤講師がストでリストラ粉砕

専門学校業界は封建的で、独裁者のようなオーナー理事長が多い。東京・豊島区に「日本外国語専門学校」、大阪天満橋に「大阪外語専門学校」を持つ「学校法人・文際学園」も例外ではない。特に、非正規労働者への差別が露骨で、05年秋の「創立25周年賃上げ」では、教職員の大半をしめる有期労働者らが支給対象から排除されてしまった。ゼネラルユニオンからの抗議への回答も、「本校の発展に貢献した正職員の功に報いるために支給した。有期労働者を対象とすることは、その趣旨にそぐわない」というヒドイものであった。勤続年数がいくら長くても、有期労働者にはボーナスもなく、金一封(餅代)だけだった。ところがその直後、学生数減を口実に数万円の金一封まで「年末はカット、夏はナシ」となった。

 

そこで、組合員講師たちは、05年10月25日に、天満橋の校舎前公道で、労組ニュースの配布を行なった。管理職はビラを回収する一方、警察まで呼んだため、大混乱に陥った。そして当局は、労組宛ての抗議文まで送り付け「ビラ配布は、心身の発達過程にある学生の心情に刺激的動揺を与え、不信の念を抱かせ、本校の教育機能を阻害する」と、学生を見下したような決め付けまでしていた。

 

さらに06年1月、組合員である外国人非常勤講師2名が雇止め通知を受けた。ユニオンは2月20日に、大阪府労働委員会に「ビラまき妨害と雇い止めは労組法違反」だと申し立てた。だが法人は、経営法曹団で有名な竹林弁護士を雇い、徹底抗戦の構えをみせた。そして、労働委員会に提出された「法人側答弁書」には、驚くべき事実が書かれていた。「外国人講師の雇い止めは3名で少ないけれど、日本人非常勤講師を含めると、計29名を雇い止めしたので、労組への狙い撃ちや差別でなく、不当労働行為でもない」と。
しかし、これこそが大問題である。陰湿な非常勤の首切りを順次強行していたのであった。友好労組である「UNIONひごろ」の外語分会も、これを重視し、真相究明に立ち上がった。

そして、4月新学期開始直前、ユニオンの常勤講師全員に、「担当コマ増」が一斉に命令された。雇い止めする非常勤講師の仕事を常勤に押し付けたのであり、しかもその増加分は無給であった。とうとう全組合員が決意し、5月25日、8名の常勤講師が半日ストに突入し、数十コマの授業が吹っ飛んだ。
予告義務がないため、突然のストに管理職は右往左往したが、登校してきた生徒達は大喜びだった・「先生ストやってんの。ストって初めてや」と、正門前での異文化交流となった。
ベルが鳴り、学生達は教室に入れられたが、先生は来ない。その時、学生が作った紙飛行機が教室の窓から、玄関前のスト集会に飛来した。そこには「We Love You」との激励があった。その教室へ、藤野副校長が現れ「ゼネラルユニオンのビラにある首切りはウソだ、自分でやめていったのだ」と教壇で講釈したのである。もちろん、学生からは大ブーイングで、即座に、玄関にいる組合員に「先生。ユニオンがウソつき、と言ってるよ」との伝令がきた。

さらに、学校幹部たちは、翌日の職員朝礼で「組合員だけが反対したが、27名の日本人講師は円満に退職してくれた。こうしたユニオンのデタラメな行動は、立命館大でもあるらしい」と公言した。
これに最も抗議したのは「自分で退職した」と決めつけられた日本人の非常勤女性たちだった。そして実際、ゼネラルユニオンの労働委員会での証言をも宣言し、陳述書まで提出してくれた。

その直後、労働委員会から和解勧告があり、法人も不当労働行為を認め、受入れざるを得なくなった。協定書では、「労組が支配介入の不当労働行為だとした、5月25・26日の発言について、法人として、遺憾の意を表明する」と明記された。
また、解決金は、雇い止めされた組合員の生活補填や、カットされたボーナスの復元として、ゼネラルユニオンから、全組合員に配分されるなど、全面的勝利和解となった。また非常勤講師の決起も、翌07年まで闘いが継続され、労働委員会から労働審判に舞台を移し、これも勝利和解を実現することができた。