社会保険の産別要求がECC争議勝利で実現

ゼネラルユニオンは1991年結成以来、多国籍労組として、非正規である外国人労働者らの権利拡大で奮闘してきた。一方、民間語学産業では、他に競合労組はなく、大学教職組も非正規労働者を排除しているため、「大学非正規と、民間語学産別最大のクラフトユニオン」として発展してきた。年休や残業などの労基法適用や雇用保険加入などを、各大学・各企業に要求し、数年ごとに揃って改善させてきた。
その中で、健保と年金からなる社会保険は、社会保険庁と社会保険事務所の怠慢と必死の抵抗で、加入が遅れていた。また、「外国人の年金加入はムダ」との誤解もあった。

しかし、「帰国時の一時金【掛金返還】支給や、各国年金との年数通算条約」などで改善が進み、一方、病気や事故を考えると、社会保険は不可欠であった。また、何よりも、組合員や家族の病気や休業補償などの悲痛な相談が、ユニオンの多言語相談センターに数多く寄せられ始めた。
「保険がないので、多額の現金払いをした」「診療拒否にあった」「NOVA子会社の損保を強制された」「国保に行くと、過去2年分の保険料100万円を請求された」「社会保険でなければ休業保障や出産見舞いもない」など、深刻そのものであった。

 

ゼネラルユニオンは、04年の秋、語学学校全国大手の全社への「社会保険加入の統一要求」を大会決定し、最も悪質なNOVAを記者会見で告発した。各社は加入を免れようと、一斉に時短?を実施したが、休息時間【実はサービス残業】のカット、という欺瞞的方法であった。全国各地のゼネラルユニオンのネットや、全国一般全国協が、再三中央行動をした結果、ついに、ついに社会保険庁も動き出し、業界への一斉立入調査を開始、各社も次々に加入せざるをえなくなってきた。
社会保険の加入基準に「2か月間以上の雇用、常勤のおおむね4分の3以上の労働時間」という通達?もどきの【内かん】があり、このため「週30時間以上が必要」との誤解があふれている。
【内かん、は法的根拠がなく、ゼネラルユニオンは、東京地裁宛、厚労省と年金機構を、社会保険法と憲法違反で訴えた。そののちに、内かんは廃止された】
ユニオンによる損害賠償訴訟を検討中の大阪労働者弁護団が、労災保険だけでなく、社会保険や雇用保険【失業給付】などにも、加入資格を問う「確認請求」が法制化されており、3審制であることを教えてくれた。さっそく組合員たちが、各地の社会保険事務所に一斉確認請求に押しかけたのは言うまでもない。

ECC本社も加入させたくないために、有期常勤講師の労働時間を週29・5時間とした。しかし、常勤は分母であり、「それ以下では加入できないという条文もない。ECC本社のある難波社会保険事務所にも確認請求が出された。ところが、「週40時間の日本人講師が数名おり、これが4分の3の分母で分子は30時間必要」と却下されてしまった。我々が「分子である非正規数百人を加入させないために、数人の分母を作るのはナンセンス」と抗議すると、「スーパーなどの分母も極小で、みんな加入していない」と開き直った。これは流通大手とゼンセン労組が結託している脱法手口であった。

ところが突然、これらユニオンの全面反論や各社会保険事務局への上告に驚いた社会保険庁本部が、却下決定を取り消したのである。さらに前代未聞であるあるが、ゼネラルユニオンと全国一般東京南部を対象とした出張公聴会を開き、確認請求の誤審についても、ゼネラルユニオンに謝罪したのである。
一方、日本人女性が大半であるECCのスタッフからも「サービス残業」の苦情が数多くあったため、ユニオンは、大阪中央労基署にこれらを申告し、不払い残業の労基法違反を認めさせた。すると29・5時間も実働ではないー虚偽だとされ、ますます、保険加入義務を浮き彫りになった。
しかし、膨大な掛金負担を避けたいECCは、それでも拒否を続けたため、大きな全国争議となった。全国一般全国協や、東京なんぶ・福岡ゼネラルユニオンの連帯も得て、東京・名古屋・岐阜・京都・大阪・兵庫・福岡などのECC各校前での「保険加入・サービス残業なくせ」の派手なキャンペーンが続けられた。ユニオンニュースも、門前配布だけではなく、一斉FAX送信もなされ、スタッフだけではなく、学生らからも、喝采を受けた。またユニオンのホームページでは「社会保険加入とサービス残業代請求」の申告フォームを、ユニオンが受付開始し、続々集まり始めた。

そして、要求2年後の2006年7月28日、ついに、本社がこれらの要求を受諾することになった。過去の遡及を含め、社会保険の加入がなされ、過去の残業代も支払われた。また、組合事務所の貸与や、「会社主催の新採研修会での、労組紹介コーナー」などユニオンの権利を認める合意も多く、この勝利が、大学・語学業界・専門学校など業界全体に波及することも期待できる。また、外国人講師から始まった闘いが、日本人スタッフらと合流し、様々な非正規の一大共闘となるなど、日々、争議は拡大してきたことは注目に値する。