松下電器で個人委託契約を直接雇用に

財界や労働界のボス=松下やキャノンの派遣法違反が発覚し、相次ぐ告発で世間を騒がせているが、これらは、今に始まった法違反でなく、資本主義の古い手口である。しかし、粘り強い闘いの成功例もある。
松下電器【パナソニック】の研修部門や、直系のエクセル社で働くゼネラルユニオンも有期労働者や外国人組合員たちが、4年間もの
争議で偽装請負を粉砕し、06年秋、全組合員の契約を完全な雇用に変更させ、損害賠償をもかちとる勝利を得たのである。

 

海外進出の草分けとしての松下は、戦後いち早く、大阪と東京の研修センターなどで、多くの外国人スタッフを抱え、来日した技術者や海外転勤者らへの教育をさせてれきた。現在の松下は、大量人員整理が成功?し、大儲けしているが、リストラの嵐が吹き荒れていた02年5月当時、30数名の有期雇用労働者で「ゼネラルユニオン松下電器支部」が結成された。「非正規の月収15%カット」が突然通告されたからであり、それへの反撃を軸に22項目の要求が、松下の中村社長宛に提出されていた。

 

ところが拒否回答は、信じられない理由であった。それは「契約は雇用でなく、委託請負なので、労基法・労組法・雇用保険・社会保険の法的義務はない。講師は一人親方で、労働者ではない」という驚くべき開き直りであった。組合員達は、「我々は松下に就職した労働者だ。何故、下請けなのだ。松下に採用され、松下の言うとおりに働いてきた」と、寝耳に水の発表にあきれるばかりであった。

これまで、委託=請負である、という説明を、誰一人として聞いた者はいなかった。契約書をよく読みなおすと、「雇用、とも委託とも」も、明記されていないが、この区別は、契約書の文言ではなく、「業務の指揮管理責任がどちらにあるか?」の実態で判断される。ただ、松下も、一貫性があるわけではなく、自信もなかった。ゼネラルユニオンの剣幕に押されてか、「団交はできないが、労使交渉には応じる」という態度であったため、松下社内は「雇用か否か、労働者か否か」で怒鳴りあう場となった。

ゼネラルユニオンからは「雇用、の動かぬ証拠」として、
① 契約書の英語翻訳に、EMPLOYMENT【雇用】と明記
② 松下の社員証交付
③ 「従業員」としてVISA申請
④ 定年がある
⑤ 松下が作業内容や査定を決定
などの証拠を突きつけ、雇用である労働実態をも鋭く指摘した。

松下電器側の反論は、
① 契約書に「雇用」と書かず、収入は「報酬」と表記、
② 源泉徴収はしていない
③ v本人の要望に添ってクラス担当を決定
④ 業務の指揮や拘束は通常の注文程度
で、「雇用的委任だった?」という苦しい内容であった。

企業内の直接雇用を嫌って、アウトソーシングする際、派遣と請負が考えられるが、同じ派遣元業者が両方の送り出しをしている場合が普通である。派遣では、その仕事の「指揮管理権」が派遣先(松下など)にあり、請負(=委託・委任・下請)の場合は、派遣元業者側に指揮管理権(=義務)がある。
ゼネラルユニオンのケースは、松下が、請負会社相手でなく、-人ひとりの労働者を事業主にする「個人請負」に偽装していた。何れの場合でも、松下側の労働法や社会保険の義務をなくし、何時でも契約解除できることを狙った偽装であった。本来、松下が全責任を負う「直接雇用」すべきケースである。
ザル法で有名な派遣法であるが、その「派遣期間終了後、派遣先の直接雇用義務条項」さえ嫌悪する。雇用でも派遣でもない、労働者性否定の請負が横行する理由がここにある。

このままでは、「団交拒否」で松下が訴えられ、労働委員会が「不当労働行為救済」で、労働者性を認定する。加えて、源泉徴収をしないことが国税局に漏れれば、大きなスキャンダルになる。何れにしても、松下が負けるのは確実視された。そこで松下は、02年7月に、ユニオンの諸要求を受諾。さらに03年4月、年間15%のカットを復元し、ユニオンを通じて、全組合員に支払った。
そして、委託=個人請負がなくなるかに見えた。

しかしその後も、松下電器、そして関連子云社は、「請負」に未練を持ち続け、雇用への切替を履行しなかったため、やむなく第2次争議が再開された。怒ったゼネラルユニオンは、ついに「年休の一斉申請運動」に踏みきり、当然ながら、労基署に「労働者性あり、年休拒否は違法」の命令を出させた。それでも会社は当初、「生活依存度の大きい、常勤だけ雇用にする」としたため、このパート差別で再び紛糾。06年夏になってやっと「非常勤も雇用に」と認めたため、やっと基本合意を見た。

しかし労組は追撃の手を緩めず、「これまで雇用を否定してきた責任と賠償」問題の団交が続いた。組合員には、日本語講師の日本人女性もいるが、勤続30年の外国人講師もいる。年休がないだけでなく、健保や年金もない不安定な生活を長期にわたり、余儀なくされてきた。
そして06年9月、とうとう、「全員を雇用とする。勤続年数を踏まえた年休をさかのぼって支給。過去の不利益も償う」旨の労資協定がかわされ、4年間もの「労働者として認めさせる、雇用への闘い」が、ゼネラルユニオンの完全な勝利で解決した。
しかも注目すべきは、外国人講師の決起から始まった闘いが、日本人講師の労組加入に拡大し、争議で獲得した「雇用」は、研修部門のすべての非正規の仲間に適用される、という成果と、運動の拡がりが、実現したのである。会社幹部は言った。「新聞報道で、各社の請負や派遣法違反が社会問題になる直前に、労組の指摘で改善していて助かった。ホッとした」と。