「返還」に立ち向かう香港民主労組と外国人労働者

アジアの草の根運動の出会いであるPP21とAPWSL(アジア太平洋連帯会議)のフォーラムは、3年毎に日本やタイで開催されてきたが、東アジアブロック4か国の交流が、91年のソウルに続き、今年9月に日本でもたれる。今回のテーマは「外国人労働者と労組の課題」であり、香港・韓国・台湾などの労組が来日する。これらの各国は、外国人を受け入れる側でありながら、政府が鎖国的で、既成労組の排外性も深刻であるなど、問題が山積している。

その中で香港は唯一、豊かな歴史と経験を持ち、外国人労働者・政治犯・難民たちにも寛容な対応をしてきた。しかし1997年に「返還」が迫り、カウントダウンが開始されるに至り、人権とりわけ労働基本権に危機が迫ってきている。

 

香港政庁は、フィリピン・タイ・ネパール等との政府間条約のもと、歴史的に多くの外国人労働者を合法的に迎えいれてきた。メイドさんや国境警備の傭兵などの例もある。雇用や労働条件が、一応キチンと制定されている。現在15万人と数えられているが、やはりオーバーステイも存在し、毎年2000人が検挙されるという。英連邦諸国からはVISAなしで3か月間自由に入境できるため、インドやバングラディシュなどのアジア労働者が多く、苦力(クーリー)や新空港などの建設労働が目立っている。香港政庁が毎年、産業界毎に割当て、雇用申請が受理された経営者が各国に行き、香港向け求人を募集する。そのためブローカーとワイロも横行しているようだ。

現在、香港で働く「外国人」の95%は、中国本土(メインランド・チャイナ)からの出稼ぎ労働者であり、戦争や文化大革命や天安門事件を契機に、大量に移民・難民が香港に逃れてきた。この人々を香港では「外勞=インポート・ワーカー」と呼んでいる。「外国人」でなく「入境労働者~労働力輸入」いう概念であろう。
ちなみに「返還」は、英植民地主義の言葉である。そこで、活動家に表現を問うと、(併合・吸収ではなく)「回帰」だそうだ。

文化大革命や天安門事件での弾圧に涙し、中国「社会主義」の、市場経済への変質に、怒りを抑えきれない香港民衆の中国への思いは複雑である。アジアの十字路と言われる香港だが、アヘン戦争、曰帝の進駐、中華人民共和国成立、文化大革命、天安門事件、改革開放、そして1997年、、…という歴史の舞台の変化は、あまりに悲惨かつドラマティックすぎる。でも、「国際連帯」を当然の前提にして闘い、生きる香港の労働者たちは、したたかである。

今回、「返還」を控えた外国人労働者の権利の交流で、私【山原】は、3年ぶりに香港を訪問した。街の外見に何の変化も見られないが、各労組や労働者の悩みは少なくない。香港経済は活況を呈しているが、既に「返還の先取り」とも言える事態が、労組を襲っている。香港の経営者たちが、工場閉鎖と突然の解雇を強行しながら、「中国本土という資本家の新天地」で新会社を建設していっているのだ。

逆に、中国政府の一体化政策のもと、中国本土からの労働者が、大量に香港に送られてくる。本国の失業対策や外貨獲得がその理由であるようだ。とりわけ繊維や飲食業など、低賃金の産業にその流入のホコ先が向けられ、解雇や失業が増加している。特に女性の仕事が集中的に置き換えられ、女性差別も激しい中で就業が困難を極めている。

こんな時、日本社会なら、政府も労組も先頭に立って「仕事を奪うな、外国人は出て行け」という排外主義が吹き荒れることだろう。しかし、自立した香港の各労組では、女と男、さらに様々な国籍、それら諸権利を対立させまいと、たいへんな苦闘を続けている。

香港政府の外国人関連の行政は、日本より開放的である。例えば、ビザは2年単位で6年まで更新可能、その手続き費用や招請の交通費は雇用主の負担である。ピンハネを排除するため、賃金は指定銀行への振込である。家賃は賃金の1割以内であり、これらを労働省が定期的に検査し、違反経営者には罰金を課す。日本の入管・行政よりはるかにマシだが、やはり法の網をくぐる悪質経営者はいる。

一度銀行振込をした賃金の返金強制.異なる企業への転職強制・外国人を雇用する権利の売買(幽霊会社)・契約外の時間外労
働強制(賃金不支給)などである。しかも解雇そのものには規制がなく、解雇後の転職が困難である。さらに中国人労働者の場合は、本国内と同様「結社禁止」となっており、香港での労組加盟が危険である。中国人がトラブル(労働争議?)を起こさないよう、中国政府当局が目を光らしており、「本土強制送還」のオドシもある。

香港の左派労働運動は北京政府、右派は台湾政府支持(ちょっと荒っぽいが)、だと、昔から勝手に理解しててきたが、とっくに様変わりしていた。その左右?両派はFUC(22万人)とTUC(3万5千人)である。親中派のFUCは天安門事件でたいへんなダメージを受けたが、スムーズな「返還」を叫び、体制側組織になりつつある。TUCは立場性を喪失しながら減少していっている。この両組織は、北京と台北を相互訪問し、合併の構想さえ浮上している。

独立派のCTU(2万5千人)は、どこの政府のヒモ付でもない「労働者自身の独立自立労組」と位置づけ、ストライキなどで権利を前進させながら、組織も拡大させている。「平穏な1997年を」と考えているムキからは、あまりにも戦闘的であるとみられている。
CTU・外国人労組・人権団体などは、入境労働者・外国人労働者対象のホットライン(熱線電話)を各地域で開設しており、また、駆け込み寺(シェルター)も用意している。英語はもちろん、北京語・タイ語・フィリピン語など各国語でのサービスも進んでいる。さらに香港内だけでなく、中国本土の広東省などで、近接する輸出自由地域【加工区】の労働基本権を監視するなど、危険を顧みないこれら体を張った取組みに、改めて感心されられた次第である。

香港民主労組の幹部は、我々、日本代表団にかく語った。
「外国人の権利を守るのは当たり前。思い切った就労合法化を日本の労組は提言すべきであり、外国人の人権と日本労働者の基本権を両立させて闘ってほしい」。「1997年を控え、資本家たちはカナダなどに去って行っているが、労働者は、そうはいかない。しかも、われわれの労組を拠り所にして結集してくる労働者があとを立たない以上、香港から、そして闘争の現地から逃げる訳にはいかない。たとえ、中国の軍隊や警察が来ようとも」と。