台湾民主労組ナショナルセンターが25万組合員で結成

日本で総評が解体され、連合が発足した頃、台湾では、蒋経国総統により、戒厳令撤廃が公布された。ポルトガルや中国による植民地支配、そして日本帝国主義の圧政、さらには蒋介石軍の大陸からの侵攻と半世紀の戒厳令。それらへの民衆の長いレジスタンスがついに勝利した。
そして「厳後」(戒厳令後をそう呼ぶ)ものすごい勢いで民主化が
進行している。政治犯の釈放・言論の自由から、台湾語の解禁まで、政治と文化のあらゆる分野に至る、台湾民衆のアイデンティティに基づく無血革命である。

 

この時代に並行して起こった米日による北京政府承認や台湾政府の国連からの追放などの国際社会の変化は何であったのか。台湾民衆には何の責任もなく、それどころか歴史上いつも、列強支配の被害者であり続けたではないか。日本でも「日中友好・中国派」などの運動があったが、ニクソンや田中角栄と一緒に、台湾のすべてを切り拾ててきたのではないだろうか。皮肉なことに、IMF・WHOや世界銀行などの国連諸機関から疎外されたことが、逆に「カジノ資本主義からくる国際通貨危機」にも動じない台湾社会の「自力更正」的強さの源泉である。

 

「台湾労働者にとって、まだ戒厳令が残っている」。活動家は口々にこのことを強調する。たとえば労働法は「厳前」のままであり、1企業1労組・1国1センター【中華民国総工会】のみが合法、労組結成やストライキにも厳しい制限がある。にもかかわらず「厳後」、各地で労組が再生、あるいは「自主工会」として続々誕生した。だが唯一の公認センターである「中華民国全国総工会」は、その流れをせき止めようとし、李登輝総統のもとでの与党=国民党の変革にさえついていけず、機能と勢力は急連に低下している。
1994年以降、各県と各主要都市と各産別で次々に新しい総工会が出発、職能組合から産別労組への脱皮をもめざし「産業総工会」の名称となった。そして現在、準備推進委員会には既に、25万人が加盟、2000年に「民主ナショナルセンター」に移行する。

この第2のセンターは現行労働法では違法となるが、指導部にこ
の点を問うと、「違法でも結成する。政府は認めざるをえないし、
すぐ労働法改正も勝ちとるから」と、多数を獲得しつつある自信に
あふれていた。反民営化闘争が結成を加速させ、この数年来、結成準備が重ねられているが、ここへ来て正式結成に至ったのは、全台湾レベルの国営など基幹産業労組の決起が背景にある。中華電信【電通】、台湾石油・台湾専売(酒・タバコ)、台汽(公営バス)、台湾鉄路(国労)、台湾電力などがそれであり、何やら全盛時の「日本公労協」を思い出させる。これらが現在も国営・公営なのである。

そこへ、国民党政府から「民営化提案」がなされているのだ。日本・イギリスに見るまでもなく、労働運動敗北後一気に、民営化が強行されているが、台湾では、自立的労働運動が全面展開し始めたこの時期に、民営化提案と衝突している。今や、国民党から民進党への保革逆転も近く、韓国民主労総との提携など、闘争は全国化国際化しつつある。全国産業総工会(準)は、特定の政党・候補に系列化されていないが、反政府・反国民党であることは間違いない。「労働法の抜本改正・反民営化」が、キーワードであり、そのために全国組織を今、建設しているといえる。

そんな折、9・21台湾中部大震災が発生した。各労組とも阪神大震災の経験を活かしながら、ライフライン確保や震災の雇用問題と全力で格闘している。私【山原】は、震災一週間後にもたれた全国産業総工会(準)主催の「台湾労工国是会議」に、日本全労協の代表として招待された。国民党系の御用ナショナルセンターが、国際自由労連アジア協議会を通じて、日本の連合につながっているため、日本全労協に白羽の矢がたったようだ。

謝長廷高雄市長【後の台湾首相、現駐日大使?】の歓迎挨拶で始まり、マミコミ大きく報道したこの全国会議は、とても「非合法」とは思えなかった。また各国ゲストは韓国民主労総・フィリピンKMU・香港工盟と全労協であり、アジアの自立した国際連帯を重視していることの期待が、随所で見受けられた。
以上、紹介した課題は、この組織の最大公約数とも言える前提であ
るが、もちろん正式結成に向けていくつかの重要な内部討論が進行
中である。ちなみに分科会を紹介すれば、労働条件、労災、年金、退職金、民営化、労組組織、政治活動、移住労働者、争議、女性労
働、住宅、失業、産業民主などと多彩であった。台湾研究者からの
「日本の派遣法とパソナ」報告もあり、驚いた。

この国際会議パーティー席上で突然、「民主電力労組です」と、私に名刺を出され、自己紹介された。思わず私は「ところで原発は」と質問してしまった。委員長は「内部に激しい賛否が」と
ニコッと笑いながら答えてくれた。【後の民進党への政権交代で、廃炉方針が確定した】

また「外勞」分科会では、外国人労働者の受け入れをめぐっても激しい討論があった。台湾では日本同様、ひどい入管法の下、日本に倍する比率の多くの外国人が働いており、「我々の仕事を奪う」との危倶が多い。現に台湾原住民【先住民】の仕事が外国人に置き換えられていることもあるという。

深刻なタブーもある。「それは中華人民共和国への評価」である。この国際会議をバックアップしている労工陣戦、労働者人権協会、工人立法行動委員会だけでなく、各労組幹部の中でも、複雑なイデオロギーが交錯している。「独立派」「統一派」などと決めつけられるなど、中国本土の混乱と変質への評価は、台湾政治では、タブーでありかつ深刻である。
【私=山原は、文革混乱期に「日中国交回復要求」の訪中団に参加したが、台湾追放に無自覚であったことは、反省あるのみである】

だが、これら政治課題に十分配慮したうえで、全国会議は「労働組合主義」に徹し、またそれらを止揚しうる新世代活動家が軸となり、一致した課題で全国結集を実現してきた。これら諸方針に未確定の分野も少なくないが、激論があるほうが健全であり、うらやましくも感じた。組織拡大はもとより、こうしたまともなナショナルセンターがアジアで発足することの意義はこのうえなく大きい。