スワニー争議勝利へ―日韓両社の謝罪文かちとる

会社は追い詰められているが、その後、労組の追求が威圧的だと、本社にバリケードを構築し、団交開催の10条件なるものを提案し、交渉を拒否してきたてきた。それは、「交渉は2時間程度・誹誇中傷の言動禁止・会社弁護士出席」など常識外れの内容である。以降再三の団交要求に対し、すべて拒否してきた。この段階から、香川で最も悪名高い白川好春という争議ゴロの弁謹士が指導と介入を開始。今後は、彼の団交出席をめぐる攻防となった。

しかし、労組と支援は1月19日に上京。通産省との交渉後、土井たか子社会党委員長より激励。また、香川県総評や大川地区労が、香川県や白鳥町への働きかけるなど全力支援を続けた。また、社長一族が大本教の幹部であり、大本教がスワニーの株主であることで、京都府亀岡市・綾部市の教団本部への抗議行動も拡大。手袋の不買運動や法的手段も始まった。香川・徳島・高知・愛媛・大阪・京都と連帯の輪もひろがり、争議団も各集会・交流会を駆け回っている。いずれの会場も満員で、日系企業の横暴を許してきた日本の責任と連帯活動の討議が夜更けまで続いている。

しかし、1月20日の門前決起集会と香川県白鳥町内の大規模デモを背景に、会社から「解雇撤回・未払賃金支払」を提示させることに成功した。そしてついに、スワニーの三好社長はついに亜細亜スワニー労組と韓国民に謝罪した。しかも謝罪文(別掲)は日本スワニーと亜細亜スワニー連名で署名であった。組合員が通っていた定時制学校への「復学=在職証明と授業料支払い」や、「失火」をデッチあげられ今なお拘束されている労組文化部長の「釈放嘆願書」と合わせ、すべて本社から現地(工場・学校・労働部・警察など各方面)へ送付させることができた。

謝罪文
亜細亜スワニー労働組合 委員長楊喜淑殿
このたびの亜細亜スワニーの閉鎖に際し、労働法及び団体協約に違反して廃業通告をしたために、217名の社員に苦痛を与えることになりました。私は、このことによって発生した問題の根本的責任を受け止め、亜細亜スワニー労働者、並びに大韓民国国民の皆様に心
より謝罪致します。今後は、団体協約を尊守するとともに、誠実な団体交渉を継続し、本件解決の責任をはたします。
1990年1月15日
㈱亜細亜スワニー
㈱スワニー