シノブフーズ: 継続は力なり

おにぎりをはじめとする食品の製造するシノブフーズでは、多くの外国人労働者(フィリピン、ブラジル、ペルー、中国など)が派遣で働いていた。2010年3月1日にシノブフーズは外国人派遣労働者を直接雇用したが、派遣時代より時給が下がった。「直接雇用になったのに時給が下がるのは不合理だ」との思いから、多くのフィリピン人労働者がゼネラルユニオンに加入した。

組合は「下がった時給を派遣時代に戻せ」とシノブフーズに要求したが、同社は組合の要求を全面拒絶、交渉はこう着状態に陥った。

「交渉だけでは要求は実現しない。要求実現のためにはストライキだ」との情勢判断で、組合員一人ひとりに「ストライキの意義、権利そして目的」を説明。組合員多数の賛同を得てスト権を確立し、ストライキを背景に、組合はシノブフーズと賃金額について交渉を続けた。

シノブフーズは「ストライキは回避して欲しい」と言いつつも、組合の要求に対しては極めて低額の回答しかせず、交渉は決裂した。

そこで、組合はストライキに突入しようとしたが、組合員に動揺が走りストライキを打つのが困難となった。「ストライキを背景に交渉した以上、交渉決裂時には予告通りストライキを決行すべきだ」との意見もあったが、無理にストライキを決行することにより組織の弱体化や今後の組織化への悪影響を回避すべきと思い至り、組合はストライキを延期しシノブフーズとは交渉を続けることとした。

シノブフーズは組合との交渉は打ち切らなかったが、交渉は進展しなかった。そして、組合を脱退する組合員が現れ組合員数は漸減し、職場で組合の影響力を増やせなかった。こうして、組合が具体的な成果を勝ち取ることが出来ないまま、2010年は暮れていった。

組合活動は長い逆境期にあったが、踏みとどまった組合員は職場内で地道に活動を続け、新規加入者を迎えるなど団結を維持した。賃金額の交渉は1年を超えたが進展しなかったが、苦難にあっても団結を維持した組合員の奮闘を無にしない為、情勢の打開は不可欠であった。

そこで、2011年6月に組合は「賃金額、未払い賃金、労働契約の更新にかかる事前協議制度、チェックオフ、そして時間内団交」など合計9項目に及ぶ調整事項のあっせんを、大阪府労委へ申請した。府労委事務局は多岐にわたる調整事項に苦労したようだが、彼らの努力もあり、シノブフーズはあっせんに応じると回答し、交渉の舞台は府労委へと移された。

当初、シノブフーズはあっせんの場でも強硬な姿勢であった。しかしながら、あっせん員や事務局の精力的な調整、更には瓦解せず団結を維持した組合の存在を無視出来なくなり、シノブフーズは2回目以降のあっせんで譲歩の姿勢を見せるようになった。

2011年10月、「賃金額、未払い賃金については、今後、労使の誠実な交渉により解決を図る」、「団交は時間内に行う」、「事前協議制度は施行に向け、労使で継続協議」、「チェックオフは来年度早期に実施する」との内容のあっせん案に労使双方が合意するに至った。 賃金額などについては今後の交渉に委ねられたが、時間内団交やチェックオフなどについて具体的な成果を得ることができ、合意されたあっせん案は意義あるものと評価できる。

そして、地道ではあっても団結を続けることが成果へと結びついたことは、組合員を大いに励ました。これら組合が得た成果は、今後の組織化の助けになることは間違いない。

2010年は先が見えず苦難は大きかったが、2011年の私たちは違う。何故なら、「継続は力なり」と実践をもって学んだからだ。私たちは、職場内での団結を更に強く大きくし、賃金額などの要求に関して、これからもシノブフーズと交渉を続ける。

 


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